山形教育用品株式会社 - 豊かな郷土山形を愛する子どもたちのすこやかな成長を願っています。

山形教育用品株式会社 私たちは、豊かな郷土山形を愛する子どもたちのすこやかな成長を願っています。
現在の位置:トップ - 社長ブログ

2018年01月18日

新年明けましておめでとうございます

 初日待つ 雪嶺の色 かはりつつ (五十嵐播水)

新年明けましておめでとうございます。今年は2018年、平成30年です。小渕元総理が官房長官時代、正月早々、「新しい元号は『へいせい』であります」と発表した記者会見の場面は今も記憶に新しいですが、もう30年も経ちました。その「平成」もあと残り1年3ヶ月です。「降る雪や 明治は遠く なりにけり」(中村草田男)とありますが、昭和世代にとっては「昭和も遠くなりにけり」の気分で、ちょっと寂しいです。さて、気を取り直して。

%E5%B9%B4%E8%B3%80011%20%28220x220%29.jpg新年の会社の仕事始めの会で次のような話をしました。
「今年は戌(いぬ)年です。戌のことわざに『犬も朋輩、鷹も朋輩』という言葉があります。『朋輩』とは『仲間とか同僚』という意味です。
昔の鷹狩りで、犬と鷹には違った役目があるが、同じ主人に仕える仲間であるという意からきたことわざで、役目や地位が違っても、同じ職場で働けばみな同僚であることに変わりがないから、仲良くすべきであるということだそうです。
わたしたち山形教育用品は現在、役員と社員合わせて69人です。教材販売会社では大変規模が大きいですが、大企業のような規模の会社ではありません。中小規模だからこそ、しっかりと同僚性を発揮していくことが、会社がこれから生き抜いていくための第一の要素だと思います。
そのためにも、常にしっかりと連携を図っていくこと、情報を確実に共有すること、日頃のコミュニケーションを図ることに努めることが極めて大切だと考えます。
前期62期は会社にとって厳しい一年になりました。今期63期は、役員、社員一つになって一年を笑顔で終えることができるように、毎日の努力が確実に、まちがいなく目に見える『カタチ』や『数字』に表れるようがんばっていきましょう」

002%20%28220x165%29.jpg教材販売会社は全国で何社ぐらいあるのでしょうか。日本図書教材協会発行の図書教材新報によると、都道府県図書教材協会の会員数は実に1,474社を数えます。山形県でも22社を数え、児童生徒数の割合から考えても会社数は極めて多いと思います。
その中でも、わたしたち山形教育用品は社員数69名を数える全国屈指の会社です(あくまでも社員数であり、売上額ではありませんが)。しかも、県内教材販売会社としては、創業63年目を迎える老舗の販売会社です。
そして、会社創業以来、「子供たちの限りない前進と学力の向上」の精神を標榜してきました。そのことに誇りと責任を持ち、これからも着実、確実、誠実に歩みを進めていきたいものです。

社員のみなさん、これまでいただいた学校の先生方のご愛顧やご用命に対して漫然とあぐらをかくことなく、これまでの実績をしっかりとした信用として認識いただき、さらに将来への信頼につなげられるよう本年もがんばっていきましょう。(2018.1.18)

日時: 2018年01月18日 14:22

2017年12月25日

あっという間? それとも長かった1年?

 歩きたる 人先に着く 街師走 (稲畑汀子)

年の瀬です。この言葉、流れの速い川の「瀬」をたとえたもので、何かその雰囲気を感じさせられます。ちなみに、瀬の反対語は「淵(ふち)」だそうです。
044%20%28220x165%29.jpgさて、短かった1年なのか長かった1年なのか、人それぞれでしょうが、わたしにはとても短く感じられた年でした。1年というよりも、もっと小さい単位である1週間が本当に短く感じられます。「今日は月曜日、出勤だ。急がないと!」と思ったら、もう、また次の月曜日です。あっという間です。

昔、当社社長をしておられた木村康二先生が若手教員を対象にしたある研修会で「ゾウの時間 ネズミの時間」(本川達雄 著)の話をされたことを思い出します。
本の中で本川先生は次のように述べています。「私たちは、ふつう、時計を使って時間を測る。あの、歯車と振子の組み合わさった機械が、コチコチと時を刻み出し、時は万物を平等に、非情に駆り立てていくと、私たちは考えている。ところがそうでもないらしい。ゾウにはゾウの時間、イヌにはイヌの時間、ネコにネコの時間、そして、ネズミにはネズミの時間と、それぞれ体のサイズに応じて、違う時間の単位があることを、生物学は教えてくれる」。
045%20%28165x220%29.jpgまた、ある対談の中で、「心臓が1回ドキンと打つ時間を心周期と呼びますが、ヒトの場合はおよそ1秒です。ところが、ハツカネズミなどは、ものすごく速くて1分間に600回から700回です。1回のドキンに0.1秒しかかかりません。ちなみに普通のネズミは0.2秒、ネコで0.3秒、ウマで2秒、そしてゾウだと3秒かかるんです。実は、こういった時間を計り、体重との関係を考えてみると、どれも体重が重くなるにつれ、だいたいその4分の1(0.25)乗に比例して時間が長くなるということが分かっています。それに、これだけ時間の速さが違えば、時間の持つ意味や、その時間を使っての生き方が動物によって大きく違っても不思議はないですね。
例えば、リンゴの木の枝から、リンゴ、鉄の塊、ネズミ、ゾウを同時に落とすとします。同じ高さから落とせばどれも同時に地面に着きますから、そういう意味ではすべてに同じ物理的時間が流れているのです。でも、ネズミは落ちている間に『あっ、落ちる落ちる落ちる落ちる、どうしよう!』なんて言いながら、いろんなことを考えているかもしれません。一方、ゾウは『あれぇ?』なんて思っている間にドスーンと落ちてそれでおしまいってことになるのかもしれない。いずれにしてもその間、ネズミにはネズミの、ゾウにはゾウの時間が流れていると言っていいでしょう」と話されています。
われわれが考えている極めて基本的で普遍的な概念である物理的な時間は、生物学的に考えると別物だということです。非常に興味深い話です。

046%20%28220x165%29.jpg「時の流れ」などとよく言いますが、そもそも時間が過ぎ去るという意識は人間以外にあるのでしょうか。子どもと大人でも違うのでしょうか。不思議です。昔、試験の前や夏休みの終わり頃とか、嫌なことや不安なことが迫った時など、時間が止まらないかなと本気で願ったものです。一生懸命願っても、秒針がコチコチと同じ速さで時を刻んでいくのをむなしくながめているしかなかった記憶があります。まさに、「時は万物を平等に、非情に駆り立てていく」そのものです。
 
思い出すのは小学生の時に人気を博したNHKのテレビドラマ『ふしぎな少年』です。主人公(みなさんはご存じないかもしれませんが、若かりし頃の太田博之が演じていました)が「時間よとまれ!」「時間よ動け!」と、自由自在に時を操る姿にものすごくあこがれたものです。遊びの中でも大いにはやり、「時間よとまれ!」と言うたびに体を硬直させ、「時間よ動け!」と言うと動き出すという、昔の遊び「缶蹴り」の変形バージョンみたいなものです。
047%20%28220x165%29.jpg時を操る、何とも魅力あるドラマ設定ではないでしょうか。さすが原作は、手塚治虫です。この手のドラマや映画は、「猿の惑星」「バック・トゥ・ザ・フューチャー」「ターミネーター」「戦国自衛隊」「時をかける少女」「異人たちとの夏」、今放送中の「アシガール」等々、数え尽くせないほどたくさんありますが、傑作の一つだと思います。

さて、どうです? もう一度、今年一年をふり返ってみて。短かったですか、長かったですか?
物理的な時間にばかり流されているこの頃、生物学的な自分の時間の流れも持ちたいものです。矢沢永吉の『時間よとまれ』にある「幻でかまわない、時間よとまれ、生命のめまいの中で」のようにゆったりと時の流れにひたってみてはいかがでしょうか。
そうこう言っている間に、もう今年も1週間。年末年始の休みは、あわただしい「瀬」ではなく「年の淵」でありたいものです。みなさん、今年もお疲れ様でした。どうぞ、よいお年をお迎えください。(2017.12.25)

日時: 2017年12月25日 10:09

2017年11月27日

「貧乏」だった時代の話

 うまさうな 雪がふうはり ふはりかな  (小林一茶)

めっきり寒くなりました。暦では「小雪」です。今年の冬は暦どおりの気候です。子どもの頃、寒くなると綿入れ半纏を着せられました。現代人は決して着ることがないその防寒具は、ぶくぶくとした相撲取りの着ぐるみのようなものです。今で言えばダウンコートみたいなものでしょう。子ども達は半纏を、大人はどてらをみんな着ていました。今考えれば、そのいでたちはある意味「貧乏」な時代の象徴のようなものでした。昭和の20、30年代はみんな貧乏だったと思います。
GUM10_PH04185%20%28220x146%29.jpgもちろんわが家も同様で、子どもの靴と言えば「ゴム靴」でした。雨でも晴れでも、川でも池でも水陸両用のこの履き物は極めて重宝したものです。傘も穴が空いたり骨が壊れたら修理してもらっていました。使い捨てのビニール傘ではありません。柄には金粉のようなもので自分の名前を書いてもらって使っていました。名入れですから自分の持ち物への愛着が強くなるのはもちろんです。おじいちゃんの職人が学校に来て、10円か20円で書いてもらいました。ゴム長靴にも同じように名入れしてもらったような記憶があります。
綿入れを着ても部屋の中は寒く、豆炭こたつの中に足を入れてじっとするばかりです。今の住宅のように全室暖房でもなく、真冬でもあんかやこたつ。水道もない間借りの住まいの台所には共同で使っている井戸から手押しポンプで汲んできた飲用水が、朝になるとうっすら氷を張っていました。

昔を語れば語り尽くせないくらい話題はたくさんあります。みんな横一線の貧乏生活だったと思います。どこのうちも同じような貧乏暮らしだったので、たいていのことには驚きませんでしたが、次の経験には本当にびっくりしました。
小学校一年か二年生の時、掘っ立て小屋のような住まいに暮らしていた友達から「今度引っ越すから見に来ないか」と誘われました。「へえ、すごいな。どんなうちに引っ越すのかな」と、期待しながら見に行くと、あまりの光景に目を丸くしてしまいました。
それは、住んでいる掘っ立て小屋自体を曳いていく引っ越しでした。弘前城や長井小学校を油圧で引っ張る現代の曳屋のような高度な作業ではありません。小屋の下に丸太を敷いて小屋につけた綱をみんなで「わっしょい、わっしょい」と人力で引っ張る引っ越しだったのです。家の引っ越しを見たのも初めてでしたが、無駄のない、簡潔な、思いっきりのいい引っ越し作業には、貧乏に慣れていた自分も正直驚きました。
「飯野、おまえも曳いてみっか」と友達に言われ、いっしょになって綱を引っ張る人を見ると、それは友達の家族たちでした。父親はもちろん、母親も弟や妹も一緒になって曳いていたのです。今考えると、何とも滑稽な光景です。持ち物といえば鍋釜が少し。友達の着ているものは学校でいつも着ている鼻水や汚れでてかてかになっている一張羅の学童服。もちろん履き物はすり切れたゴム靴。そして、家族が一つになって自分の持ち家である小屋を一生懸命に曳いている。「ごろごろ、ごろごろ」と音を立てながら、小屋は少しずつ前に進んでいく。これほど見事なまでの貧乏はないと思える光景でした。
%E9%9B%AA%E5%8E%9F%EF%BC%90%EF%BC%91%20%28220x146%29.jpgその友達は、今どうしているのかわかりません。もちろん、引っ越しした小屋がどうなっているのかもわかりません。引っ越しは友達が住んでいた宮町から銅町の元の九小あたりまでの結構な距離でした。今その付近を通っても、きれいに整備されていて当時の面影はほとんどありません。昔は土手や坂があって起伏がある土地でした。面影はなくても、なぜか懐かしい時が流れるようで、心地よい気持ちになります。

あえて貧乏な生活に戻りたいとは思いません。金がなくても心は豊かでいられるとも思いません。年をとればとるほど、快適な生活へのあこがれも強くなってきます。でも、今ほど格差が大きくなかった時代、妬みやそねみといった心の貧しさもなかったのではないかと考えてしまいます。
「貧乏」な生活から抜け出したいと、みんな必死にがんばっていた高度成長時代の話でした。(2017.11.27)

日時: 2017年11月27日 13:28

2017年10月27日

秋のイベント「芋煮会」と「大正琴発表会」

 暁の ひやゝかな雲 流れけり (正岡子規)

「秋冷」という言葉がふさわしい季節となりました。暦のうえでは季節はもっと早く流れ、もうすぐ「立冬」を迎えます。「冬」という言葉を聞いただけでも、「ああ、またつらい冬がやってくるな」と、ちょっとネガティブな気持ちになってしまいます。
しかし、この肌寒い時期には温かい汁物が一番です。なかでも「芋煮」はどこの家庭でも食卓に上がる山形のご当地グルメではないでしょうか。

CIMG0434%20%28220x165%29.jpg今月初めに、取引先メーカー様との懇親芋煮会を山形市内の馬見ヶ崎川原で開催しました。13社のメーカー様から社長様はじめ多くの方々からおいでいただき、当社社員合わせて50名以上の大芋煮会となりました。メーカー様にはご多用中のところ、また遠路山形までおいでいただきましたことに厚く御礼申し上げます。
芋煮は江戸時代に全国各地での農村部で始まった料理と言われています。芋煮会自体は各地でその発祥についてさまざまな説があります。ここ山形では、江戸時代、最上川舟運が盛んだった頃に舟運の終着地である中山町長崎で船頭達が地元の里芋と積んできた棒鱈を煮て食べたことを起源とする説が有力のようです。明治以降には、軍隊や学生達が川原で芋煮をするようになって定着したとのことです。
CIMG0463%20%28165x220%29.jpg思い出すのは、50年ほど前に中学校で行った学年芋煮会です。場所は山形市東側の馬見ヶ崎川原、学校は山形駅の西側。班ごとに準備した食材や鍋、薪などをリヤカーに積み、川原まで1時間以上掛けて街の中をみんなで延々と引っ張っていきました。河原の石でかまどを作り、川の水をくんで沸かし、わいわいとおしゃべりしながら薪をくべ、楽しく調理したことは忘れられない思い出です。その時食べた芋煮の味は、今思い出しても格別でした。

さて、メーカー様との芋煮会ですが、あいにくの雨模様の空でしたが賑やかに開催することができました。メーカーの皆さんからは火起こしから味付けまで自ら調理していただく体験型芋煮会を企画しましたが、本社社員の活躍もあり、見事な芋煮を完成することができました。芋煮もさることながら、今トレンドの芋煮カレーうどんに、メーカーの皆さんからは「絶品!」「めちゃおいしい!」という大好評の声が聞かれました。芋煮もそうですが、大鍋で野外でわいわいと楽しく作る料理ほどおいしいものはないなと改めて感じたところです。メーカーの皆様、本当にありがとうございました。また、この日のために準備いただき、後片付けまでがんばっていただいた社員の皆さんにも心から感謝申し上げます。

DSC_0039%20%28220x124%29.jpg次に、「琴城流大正琴山形県愛好会発表会」です。昨年、第30回となる記念大会を盛会のうちに開催することができました。今年は第31回、新たな時を刻む発表会となりました。出演者数は280人ほどと少なくなってきていますが、会員の皆さんのエネルギー、活力には目を見張るものがあります。若さ、バイタリティーの源は、きっと毎日、大正琴に勤しんでいられるからに違いありません。力強くも繊細な音色に、郷愁、ノスタルジーをあらためて感じたところです。
開会のあいさつでこんな話をしました。「琴瑟相和す(きんしつあいわす)」という言葉があります。「瑟(しつ)」とは古代中国の弦楽器で大型の琴だそうです。「琴」と「瑟」をいっしょに弾くと音がよく調和することから生まれた言葉で、夫婦が極めて仲むつまじいこと(うちはほど遠いですが)、兄弟や友人の仲がとてもよいことを表しています。
DSC_0041%20%28220x124%29.jpg大正琴会員の皆さんの演奏活動を表している言葉だと思います。これからも大正琴の演奏をとおして、「調和する」「仲良くする」愛好会であって欲しいと願っています。そんな話をしたところです。
家元には、8月に肩にけがをされて療養されている中、わざわざ山形までお越しいただき演奏もしていただきました。重ねて深く深く感謝申し上げます。
また、成功裏に終了することができたのも、指導員の先生方、本社大正琴担当はじめお手伝いいただいた全社員のおかげです。あらためて感謝申し上げます。
来年は「のど自慢」はあるかどうかわかりませんが、また楽しい演奏会にしていきましょう。みなさん、お疲れ様でした。(2017.10.27)

日時: 2017年10月27日 15:09

2017年09月28日

グルメリポートに一言申し上げたい

 のびやかに 絹曇かかる 秋彼岸 (金子つとむ)

秋の風に「金風(きんぷう)」という言葉があります。黄金色の稲穂をそよそよとゆらす風を表現してつけられた美しい言葉です。
実りの秋となりました。ここ山形では朝方の気温もぐっと低くなりました。昨日今日の最低気温は13、14℃ほどです。空を見てもすっかり秋模様です。昔から雲を見るのが好きで、特に秋の空の魅力に惹かれて、小一時間、空を見上げていることもあります。

DSC_0036%20%28230x130%29.jpg正岡子規は、「春雲は綿の如く、夏雲は岩の如く、秋雲は砂の如く、冬雲は鉛の如し」と言っています。すばらしい観察力、表現力、そして見事なまでの簡潔さです。
みなさんもそうでしょうが、秋の雲が一番魅力的です。「羊雲」「いわし雲」「さば雲」「うろこ雲」「すじ雲」「かすみ雲」等々。秋の雲の正体は、上空10km以上もの高所に浮かんでいる氷の粒だそうです。これが上空の強い風によって流されながら蒸発することによって、細かい糸のような雲になるんだそうです。

話は変わりますが、テレビをつけると(ちょっと古風な言い方ですが)、グルメリポートが必ずどこかのチャンネルで放映されています。嫌いではないのでつい見てしまいますが、気になるのがリポーターの言葉、内容、仕方です。
まず、リポートの内容です。必ず「んー!」という第一声から始まり、「○○だけど△△ですねー!」「おいしいです!」「まいうー!」と、型にはまったリポートにはうんざりします。それでも食される品に惹かれて見続けてしまいますが…。
二つめは、口の中に食べ物を入れたまま話す姿です。小さい頃、母親からは「食べながら、しゃべんな!」と繰り返し注意されました。相手の口の中に入っている食べ物が見えるということは、お世辞にもきれいとは言えません。品のない下品なことだと思います。そんな自分も時々やらかしてしまいますが…。少なくとも、全国放映される食レポのみなさんは十分気をつけて欲しいと思います。
DSC_0039%20%28230x130%29.jpg三つめに気になるのは、芸人「平野ノラ」のように長い髪をかき上げて食する姿です。ラーメンどんぶりに髪がひたるようであれば、髪を結びなさいと言いたくなります。
最後は、箸の持ち方です。昔ほどやかましくなくなってきたと思いますが、気になります。普段の持ち方をリポートのために急に変えてもバレバレです。やはり正しい持ち方は美しさにつながります。学校に勤務している時は、子ども達に箸の持ち方と鉛筆の持ち方は同じだよと繰り返し教えました。箸を正しく持てないと、鉛筆も正しく持てないよと。
また、使い方にも気を配るべきです。という自分も見苦しい時もありますが、次のような使い方は「嫌い箸」と呼ばれていてマナー違反だとされています。

%E3%83%9E%E3%83%8A%E3%83%BC%E9%81%95%E5%8F%8D%20%28500x430%29.jpg
(「まとめニュースチャンネルプラス」より転写引用)

美しい女性リポーターであれば化粧や髪型、服装と同じくらい、いやそれ以上に言葉や仕草にも気をしっかり配って欲しいと思います。「見た目」とよく言いますが、親から授かった容姿は変えることはできません。しかしながら、仕草や立ち居振る舞いに気をつけることで身のこなしを少しは美しくすることができるのではないでしょうか。秋の空のように爽やかに。
今回は、自戒を込めた年寄りの小言でした。(2017.9.28)

日時: 2017年09月28日 13:44

2017年09月01日

山形城「三の丸」を一周しました

 白波の あちらこちらや 夏の果 (桂 信子)

「夏の果」。実に素敵な言葉です。お盆も過ぎ、暑さも残りながら秋の気配を感じるこの季節にぴったりの言葉だなと思っていましたが、俳句の世界では、「夏の果」という季語は厳密には七月末から八月初旬ということになるそうです。しかし、現代俳句ではこの時期に詠まれることが多くなり、大目に見られるようになってきたそうです。昔は「夏の果」より「秋近し」と詠んだ俳句が多かったようですが、今の季節、山形では「夏の果」がしっくりします。

会社では6日間の夏季休業も終わり、下期の業務が本格的に始まりました。社員の皆さんはこの休暇中、ゆっくりされたでしょうか。わたしは墓参りはしましたが、友人達との飲み会などで明け暮れ、自堕落な毎日で終わってしまいました。

そんな中、思い立って山形市中心部にある霞城公園の三の丸跡を散策しました。霞城公園は昭和61年に国の史跡に指定されました。今、霞城公園は平成45年を目標年度に本丸跡の完全発掘作業を進めています。たまに通りかかると、少しずつですが風景に変化が見られます。

01.jpg

さて、昔、三の丸内には11の出入り門があったそうです。11という数から「吉字門」(「吉」は十と一と口からなる)と呼ばれています。その一つ、双葉町の双葉公園にあった「稲荷口」を午前10時に北方向にある山形三中グランドに向かって出発。今は公園になっていますが、自分が中学生だった頃は三の丸の堀跡がよくわかる長い窪地になっているところでした。今はすっかりコンクリートにおおわれています。
そのまま北に向かい、スーパー「吉田」前を左折し、春日公園を北に曲がります。その場所が「飯塚口」と呼ばれた出入り門のあったところです。そのまま北進したのですが、今は4車線の道路で中央分離帯があり横断できません。やむなく迂回して白鳩保育園脇を通り、かつての名残が感じられる道を北進し下条方面に出ました。ここには旧三の丸外堀「歴史の道」がありますが、昔の面影はまったくありません。

02.jpg

下条交差点を渡り東に向かうと、山形七小北側にある「みつばち公園」に出ます。ここも三の丸跡です。そのまま東進し、城北高校北側を通って奥羽本線を横切り、神明神社、松岩寺脇を通ります。さらに東に向かい山形四小北側の細道を通って山形メディアタワー西側に出ます。ここには昔、「鍄口(かすがいぐち)」という門がありました。このあたりは今も「小鍄(こかすがい)」と呼ばれている場所で、三の丸城郭の工事のとき、起点と終点の接合点になったということから名付けられました。ここから栄町大通りを南に向かいます。

03.jpg

済生館病院を東に曲がり、大沼デパート裏を南進、途中道がないのでやむなく七日町大通りに出て、グランドホテルから北に向かい山形一小に向かいます。一小と荘内銀行の間に知る人ぞ知る細い道があります。ここも三の丸跡です。中央郵便局裏側は道がないので、山形保健所前を通り歌懸稲荷神社を目指します。
神社西側には、国指定史跡になっている三の丸土塁跡があります。三の丸の名残が確かに感じられるのは唯一ここだけでしょう。高さは5~6mでしょうか、なかなか重量感のある姿です。

04.jpg神社を過ぎ、山形駅から県庁への道路を横切ると第二公園です。「第二公園」ということは、「第一公園」はどこなのでしょうか。調べると、明治の昔は「薬師公園」が第一公園と呼ばれていたそうです。公園には昭和44年に設置された蒸気機関車が鎮座しています。近くに小さな池がありますが、多分それが三の丸堀の名残なのでしょうか。
さらに南に下がり、山形学院高校付近を西に曲がると、山形二小があります。二小のグラウンド南側が三の丸跡になります。学校西側に日枝神社があります。神社脇の十字路を南に曲がり、すぐ西へ曲がる細道を行くと福満稲荷神社です。一昔前までは子ども達の格好の遊び場でしたが、今は草が生い茂り、これも面影はありません。

05.jpg今も西高、日大山形高の電車通学の高校生の通学路になっている細道を30mほど南に行くと、右側に窪地に降りる石段があります。この窪地こそ、三の丸堀跡です。有名な山形そばの名店「庄司屋」のちょうど裏手になります。三の丸の一番南口にあたる「吹張口」があったところです。
窪地を50mほど進み、ガード下を通って奥羽本線を横切ることができます。ここは小学校時代の通学路でした。今も変わらない懐かしい場所です。
ガード下を抜けると清松寺(じょうしょうじ)に出ます。ゴールもまもなくです。清松寺を北に向かうと山形テルサ横のアンダーパスに出ます。西に曲がり100mほど進むとスタートした双葉公園です。ようやくゴールです。

約7.5km、1時間30分の小さな旅でしたが、ふだん住んでいてもよくわかっていなかったことを知ることができ、自分にとってはとても興味深く楽しい遊歩になりました。それにしても、山形城は「最上57万石」と呼ばれていたように、とても広い城だったことがわかります。奥羽地方では最大規模だったそうです。
三の丸出入り口付近には必ず寺社仏閣が配置され、守りの要となっていました。今も周辺には、一小、二小、四小、七小、三中が設置されており、ある意味、山形市の守りのシンボルになっているのかもしれません。
みなさんも三の丸全部を回ることはできなくても、その一部を散策してみてはいかがでしょうか。往時を偲ぶことができるかもしれません。わたしはこの爽快さが忘れられず、1週間後に、また三の丸一周のウォーキングにでかけたところです。(2017.8.30)

日時: 2017年09月01日 13:32

2017年07月27日

「こころ旅」に癒やされる

 打水や 塀にひろがる 雲の峯 (村上鬼城)

NHKテレビBS放送の「にっぽん縦断 こころ旅」が好きです。多分みなさんもご覧になったことがあると思います。
俳優火野正平さんが愛車チャリオに乗って日本全国を旅して回る番組です。ただの旅番組と違うのは、「忘れられない風景」や「心に刻まれたふるさとの情景」など、視聴者から寄せられた手紙を紹介しながら旅が進められることです。1回の旅が40日から60日にも及ぶもので、御年68歳になる正平さんにとってはかなり過酷な旅です。
話はそれますが、火野正平といえば、たいへん失礼ながら女好きな、生意気な俳優という印象を持っていましたが、この番組を見始めてから「なかなかなこの人おもしろいな」と印象が変わりました。
番組がスタートした当初は「火野正平」と呼ばれることもなく、「真田広之」とか「役所広司」など、似ても似つかぬ二枚目俳優の名を呼ばれることが多かったのですが、7年目ともなるとさすがに「火野正平」という本名が定着したようです。旅先では「正平さ~ん!」とあちこちで声を掛けられます。
番組ではいつも自然体で、飄々とした人柄にすっかりファンになってしまいました。何より、彼の言葉に表れる感性の豊かさには驚かされます。幼い子どもには心優しく、若い女性には口説くように、若くない女性にはそれなりに言葉を掛けています。

015%20%28230x173%29.jpgさて、「こころ旅」が始まって7年目となる今年の春の旅は、四国の高知を出発して北海道をめざす、まさに日本縦断の旅になっています。何よりうれしかったのは、6月の最終週の舞台が山形県だったことです。しかも、第1日目が昔勤めた山辺町作谷沢の湧水で、手紙を書かれた方は山形市内の小学校を2年前にお辞めになったI校長先生でした。
作谷沢には湧水が名前が付いているだけでも12あります。中でも畑谷にある七番水「弁財天」は水量豊かで、コーヒー用に何回か汲みいったことがあります。
「こころ旅」では、その中の一つ五番水「萬年水」を訪ねる旅でした。おいしそうに湧き出る清水を飲む正平さんですが、わたしが赴任していた頃は子ども達から「先生、あそこの水は大腸菌が多いから飲まない方がいいよ」と言われていましたが…。
湧水の里「作谷沢」にある作谷沢小中学校。わたしが赴任した12年前は、小中合わせて33人の児童生徒数でしたが、今年度はちょうど半分の16人のようです。作谷沢は昔から教育熱心な地域で、豊富な杉材の取り引きで得た果実を奨学金にして教育の振興に努めてきたと聞いています。
おかげで山形市内からは30分あまり奥まった山間に入らなければならない地域ながら、多くの人材を輩出してきました。輸入木材が主流になった今も、地域の教育振興にかける思いはたいへん強いものがあります。

学校に赴任した時、驚いたのは子ども達、特に中学生の自信に満ちた姿勢、態度でした。僻地の子どもは物おじして、大きな声で話すことができないといった先入観は瞬く間に雲散霧消。人のことを思う気持ちも強いけれど、何より自分自身がしっかり生きようとする思いが強く感じられました。それは、作谷沢の赴任された学校教職員たちによって連綿とつながれてきた作谷沢の子ども達に対する思い、願いがこめられた教育の歴史だと感じました。また、先輩から後輩へと受け継がれてきたよき伝統でもあると思いました。
017%20%28173x230%29.jpg自信にあふれ、力強く生きようとする子ども達と過ごした1年間は教員生活の宝物になりました。
わたしはたった1年しか勤めることができず、また教育行政の場に戻りましたが、地域の方々からはずいぶんと不信を買ったと思います。自分自身から異動を希望したわけではありませんが、10年以上経った今も何か後ろめたい思いが残っています。

I校長先生のように正平さんに手紙を出したわけではありませんが、坂道を自転車で必死に登る姿に作谷沢と子ども達への感謝の思いを託したような思いです。
<追記>
3月にスタートした2017年春の旅も、先週末、ゴールの北海道北見市に「とうちゃこ」。無事、春の旅を終えることができたようです。正平さん、お疲れ様。秋の旅を楽しみにしています。(2017.7.27)

日時: 2017年07月27日 14:00

2017年06月28日

「伝える力」を磨きましょう

 梅雨晴の 夕茜して すぐ消えし (高浜虚子)

二十四節気の一つ、「夏至」の時期となりました。日も極めて長く、日没も午後7時を過ぎます。冬よりも夏が好きな者にとっては、明るいうちから酒を飲むことができるこの時期が一番です。今年2月から始まった「プレミアム・フライデー」は残念ながら失敗に終わりそうですが、社員の皆さんには、明るいからといって遅くまで仕事をすることなく、この時期こそ早く帰宅して一家団欒に努めてもらいたいなと思います。

nae.jpgさて、今年に入ってから訳あって住宅設備メーカーや家具店のショールームを訪ねる機会が多いです。東京や仙台に比べると山形の展示場は大きくはありませんが、基本的な設備は揃っており、自分が求めている大まかなイメージはつかむことができます。それ以上の細かな部分の実際を見たい時には仙台にもでかけています。
いろいろなショールームを訪問して感じるのは、アドバイザーの接客能力の素晴らしさです。接客マニュアルはあるのでしょうが、何よりその人の人間性、感性とか品格の素晴らしさを感じます。もちろん、商品に対する専門知識を完璧に持ち合わせていることが第一ですが、その商品特性を顧客に対し、正確に、わかりやすく、的確に説明するという「伝える力」が極めて大切だと思います。

ジャーナリストの池上彰さんの著書に『伝える力』があります。150万部を超えるベストセラーで、今現在、140刷にもなっています。この中で池上さんは「伝える力」のポイントを3つあげています。

1つは、【自分自身が話す内容を完全に理解する】こと。
まずは、「自分がいかに知らないかを知る」ことが大切だと言っています。ことわざで言えば、「教うるは学ぶの半ば」ということでしょうか。話す本人が話す内容をきちんと理解していなければ、相手に内容が伝わらない、教えられない。われわれ営業担当も、先生方に採用いただきたい教材や製品のよさや特長をしっかりわかっていることが大事だと思います。

2つ目は、【相手を惹きつける話し方をする】こと。
そのためには、はじめに「つかみ」で相手に「どういうこと」と興味を持たせることが大切だと言っています。相手の心をつかむ方法(「つかみ」)をうまく活用することが相手を惹きつけることにつながります。映画やドラマ、コントや漫才、落語を見たり聞いたりして思うことは、「つかみ」の大切さです。「つかみ」の部分で、もっと見たり聞いたりするか、それとももうこれ以上はやめようかが決まってしまいます。わたしは、この「つかみ」が苦手です。日頃、意識してテレビを見たり、読書することが大切なんでしょうね。

3つ目は、【見た目の態度も重要、自信を持って話す】こと。
『人は見た目が9割』という本もあります。声が小さい、おどおどしている、モジモジしているなど、自信のない態度では、たとえ言っていることの中身が良くても、相手の心を動かすことはできません。当たり前ですが、自信をもつこと、聞き手の目をしっかり見ることが大切です。そのためにも、先の1つめ、2つめのポイントが大事だと思います。

わたしが訪問した多くのメーカーのショールームのアドバイザーのみなさんは、どの方も一流です。商品に対する専門性も十分に備わっていました。しかし、超一流と感じるアドバイザーは、「伝える力」が一流の方よりはレベルが高いと感じました。何よりも顧客が何を求めているのかということを確実に察知し、的確な説明ができています。
ある時、デザインはどれにしようかと迷っていたところ、アドバイザーがさりげなく寄ってきて丁寧にそれぞれの特徴を端的に説明してもらいました。とてもいいアドバイスを受けて大変助かった思いがあります。

hana.jpg多くのショールームを訪問して、二流と一流の違い、一流と超一流の違いを肌で感じることができたと思います。
わたしたち山形教育用品の営業も同じでしょう。「伝える力」を磨くことによって、二流の営業から一流の営業へ、さらに超一流の営業へと高めていくことが大事だと思います。

池上さんは、『伝える力』で次のように言っています。
「つねに『おかげさま』の気持ちを持って、陰口や悪口は慎み、相手の話をじっくり聞く姿勢を持つ。そうすることで、好感度や信頼はずいぶん高まるし、『伝える力』にも一層磨きがかかります」と。
常に、相手に対して「謙虚」に、「聞くこと」を基本としたコミュニケーションの大事さを感じました。「伝える力」というより、「伝わる力」と控えめに言ったほうがいいのかもしれませんね。(2017.6.28)

日時: 2017年06月28日 09:58

2017年05月29日

居酒屋のコースターに学ぶ

 涼風の 曲がりくねって 来たりけり (小林一茶)

ゴールデンウィークもあっという間に終わりました。子どもも大きくなると観光地に行って遊ぶこともなく、駅前の居酒屋で飲み食いしておしまい、というまことに寂しい連休になりました。会社的には、次の大型連休はお盆の時期になります。ああ、待ち遠しい。

ha_130%5B1%5D%20%28230x173%29.jpgさて、二十四節気の一つに「小満」があります。今年は5月21日でした。「小満」とは、陽気が良くなって、万物の成長する気が次第に長じて天地に満ち始めることからいわれています。山形でも、桜の花が散って葉桜になり、山々の緑もすっかり若葉におおわれてきたと思ったら、もうすっかり緑も色濃くなってきました。いよいよ草花が伸び盛る季節です。

そんな花々を人生にたとえた「人生花づくし」というものがあります。これは多くの方がさまざまなブログでも紹介しており、ご承知の方も多いと思います。わたしも先日、「HのM」という居酒屋チェーンでお酒を注文したところ、グラスを置くコースターに載っていたことで初めて知りました。次のような人生の教えです。

「人生花づくし」
 親の教えは  きくのはな
 人の悪くち  くちなしで
 頭は垂れて  ふじのはな
 笑顔あかるく ひまわりで
 愛をはぐくむ ばらのはな
 心清らか   しらゆりで
 世は移ろいて あじさいの
 月日は早く  たちばなで
 散り際さやか さくらばな
 先は浄土の  はすのはな

実に興味深いので調べてみたら、もっと教えがたくさんあるロングバージョンもありました。

 親の教えは  きくのはな
 悪に染まれば くずのはな
 人の悪くち  くちなしで
 愚痴とまやかし なしのはな
 頭は垂れて  ふじのはな
 笑顔あかるく ひまわりで
 愛をはぐくむ ばらのはな
 心清らか   しらゆりで
 香りも高き  うめのはな
 迷いの綱は  きりしまで
 罪と障りは  けしのはな
 失意の胸は  なでしこで
 世は移ろいて あじさいの
 翳り背負いて ゆうすげで
 月日は早く  たちばなで
 年もつもれば こけのはな
 恍惚きざせば ぼけのはな
 露よりもろき あさがおで
 行者の照明  つげのはな
 散り際さやか さくらばな
 先は浄土の  はすのはな

なんとも調子のいい七五調です。しかも、それぞれ巧みにしゃれを効かせた意味深い教えです。
「確かで、正直な会社」を標榜する山形教育用品を考えれば、何と言っても「頭は垂れて ふじのはな」「笑顔あかるく ひまわりで」の教えは大切にしたいなと思います。相手には常に謙虚に、誠実に。そして、いつも明るい笑顔とさわやかな挨拶を。毎日を忙しく過ごしていると、つい忘れがちになるエチケットやマナーという大事なふるまいを思い起こさせてくれます。

002%20%28230x173%29.jpg昔、教育行政の仕事をしていた後にやっと学校に戻った時、「この前まで眉間にしわを寄せていた時と違って、穏やかな顔になりましたね」と言われたことがあります。自分の厳しい表情に気づいていなかったことに恥ずかしい思いをしたことを思い出します。
その意味で、男性も女性と同様に常に鏡を見ることが大事だなと思います。「部屋に鏡を置くことで、自己修正機能が活発になり、自分の嫌な部分を直そうとする心理が働く。マイナスにとらえるのではなく、ありのままの自分を受け入れることも大切です」だそうです。
女性が車を運転している時、いつもバックミラーを見て髪型を直したり、化粧をしていることにも深い意味があるんだなと思いました。男性も時々、自分の顔チェック、表情チェックすることをおすすめします。特に、営業担当は学校を訪問する前にバックミラーでチェックしましょう。

自分もそろそろ「月日は早く たちばなで  年もつもれば こけのはな  恍惚きざせば ぼけのはな」のようなものですが、「気持ちはいつも せいたかあわだちそう」と、前向きにいきたいものです。(2017.5.29)

日時: 2017年05月29日 16:02

2017年04月24日

「学ぶこと」のありがたさ

 黄水仙 咲く街道の 遊歩道 (加藤哲夫)

春爛漫の季節を迎えています。昔勤めていた山間の学校、作谷沢小中学校では、この時期になると中学生が全員で(全員と言っても1年から3年生まで15人の少人数でしたが)校庭の土手に水仙を植えていました。冬期間は1m50㎝にもなる積雪を記録する土地だけに、生徒たちが植える黄色い花を見ると、ようやくこの地にも春が来たなという何かしらほっとするような思いがしたものです。

007%20%28188x250%29.jpgさて、年を重ねてくると涙腺が弱くなってきます。テレビや新聞の記事にもグッとくることがしばしばです。一月前の朝のニュースを見ていて、またまたグッとくることがありました。
それは、「無戸籍者」を扱ったニュース特集でした。「無戸籍者」とは「戸籍を有しない人」のことです。戸籍のない人がいるということはおぼろげながら知っていましたが、番組を見てその実態を初めて知りました。
生まれた人間については必ず出生届を出して戸籍を作成することになっていますが、何らかの事情によって親がその手続きを怠った場合に無戸籍者が発生するのだそうです。その事情のほとんどが、離婚や怠慢などで親が出生届を提出しなかった場合だそうです。

特集で取り上げていたのは、35歳になる女性でした。両親はいたものの、家計が逼迫して出産費用も払えず出生証明書を病院からもらうことができず、出生届が出されませんでした。
無戸籍のまま小学校にも中学校にも通えず、大人になるまで十分な読み書きもできない状況でした。小さい頃、母親にどうして学校に行けないのか訪ねても、母親は悲しそうな顔をするだけで、その顔を見るたびに悲しくなったそうです。
学歴が全くないために履歴書も提出できず、仕事は居酒屋の皿洗いや倉庫の荷下ろしなどの作業が主でした。
その後、巡り会いがあり結婚、子どもも生まれました。そして、無戸籍者本人は、家庭裁判所の許可を得て就籍(戸籍のない人が新たに戸籍に記載されること)できることを知り、ようやく戸籍を得て無戸籍を解消することができました。

30歳を過ぎてから、「子どもが大きくなったときに宿題とか教えてあげられないと恥ずかしい」と決心し、ようやく中学校に通い始めます。努力の甲斐もあり、この春中学校を卒業することができました。中学校ではマンツーマンによる指導もあって、学ぶことの楽しさを覚えながら勉強することができたそうです。将来、司法書士になることを目指して日々勉強にがんばっているそうです。
卒業式で女性は涙を流しながら、次のように語っていました。
「わたしは無戸籍で小学校も中学校も通えなくて、いろいろなことをあきらめて生きてきたけど、いろんな人に助けられて、今回、中学校を卒業することができて、新しい目標もできてよかったと思う。今後、目標に向かって精いっぱい頑張っていこうと思う。ありがとうございました」

身近ではまったく考えられないことです。長い教員生活の中でも経験がありません。しかし、法務省が把握している無戸籍者は全国で700人を超え、学齢に達している児童生徒は191人、その内、学校に通わなかった期間がある子どもは7人いるそうです。
日本国憲法第26条には「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする」とあります。
昨年、文科省もようやく「小学校等の課程を修了していない者の中学校等入学に関する取扱いについて(通知)」を出して、未就学者への支援を打ち出しました。しかし、現実にはまだ無戸籍者の未就学があります。

006%20%28220x165%29.jpgまた、無戸籍者ではありませんが、沖縄県読谷村の83歳の女性が、この春、中学校を卒業して卒業証書を手にしたことが報じられました。終戦直後に中学校に進学したものの、戦後の仕事不足に加え、高齢の両親に代わって家計を助けるために、14歳から働き始め学校には行くことができなかったそうです。
姪が、県が戦中・戦後の混乱で義務教育が終えられなかった人を対象に実施している「義務教育未修了者支援事業」を知り、中学校に通うことを勧め、79歳で入学、5年をかけて卒業することができたそうです。
女性の言葉、「学院では学生に戻った気分で、同級生同士ライバル心もあった。卒業証書を受け取ったとき、もっと授業があればいいのにと思った」。

お二人の女性の姿からは、学ぶことの喜び、楽しさが伝わってきます。向学心の高さを伺うことができます。
4月の入学式のニュースを見て思うこと。真新しいランドセルを背負い、二度と着ることのないような晴れ着に着飾ること、そのことが一年生になったことではないんだよ。君たちがテレビのインタビューで「○○の勉強にがんばりたい」「お友達と勉強がんばりたい」と答えたこと。そのことを忘れないで、毎日学校に通えること、友達と遊べること、楽しく勉強できることのありがたさを感じて欲しいなと強く思います。学校に通うことが当たり前、勉強するのもしょうがないことと思っている子ども達諸君も、「学ぶこと」の幸せ、ありがたさをもっと感じてくださいね。(2017.4.24)

日時: 2017年04月24日 14:41

2018年01月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
最近のエントリー
新年明けましておめでとうございます
あっという間? それとも長かった1年?
「貧乏」だった時代の話
秋のイベント「芋煮会」と「大正琴発表会」
グルメリポートに一言申し上げたい
山形城「三の丸」を一周しました
「こころ旅」に癒やされる
「伝える力」を磨きましょう
居酒屋のコースターに学ぶ
「学ぶこと」のありがたさ
アーカイブ
2018年01月
2017年12月
2017年11月
2017年10月
2017年09月
2017年07月
2017年06月
2017年05月
2017年04月
2017年03月
2017年02月
2017年01月
2016年12月
2016年11月
2016年10月
2016年09月
2016年08月
2016年07月
2016年06月
2016年05月
2016年04月
2016年02月
2016年01月
2015年12月
2015年11月
2015年10月
2015年08月
2015年07月
2015年06月
2015年05月
2015年03月
2015年02月
2014年12月
2014年11月
2014年09月
2014年08月
2014年07月
2014年06月
2014年05月
2014年04月
2014年02月
2013年12月
2013年11月
2013年10月
2013年09月
2013年08月
2013年07月
2013年06月
2013年03月
2013年02月
2013年01月
2012年12月
2012年11月
2012年10月
2012年09月
2012年08月
2012年07月
2012年06月
2012年05月
2010年09月
2010年08月
2010年07月
2010年04月
2010年03月
2009年03月
2009年02月
2009年01月
2008年12月
2008年11月
2008年10月
2008年09月
2008年08月
2008年07月
2008年06月
2008年05月
2008年04月
2008年03月
2008年02月
2008年01月
2007年12月
お問い合わせ
山形教育用品株式会社
TEL.023-681-3636
FAX.023-681-3650

トップページ  個人情報保護方針  このサイトについて COPYRIGHTS (C) 2007 山形教育用品株式会社 ALL RIGHTS RESERVED.
TEL.023-681-3636 FAX.023-681-3650